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資料:野里洋著『汚名』

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 野里洋著『汚名 第二十六代沖縄縣知事泉守紀』(講談社)は1993年12月に発行されている。
 泉守紀(いずみしゅき)は1898年(明治31年)2月11日、山梨県に生まれた。1943年(昭和18年)7月1日、北海道内政部長から沖縄県知事への昇任が決まる。当時の知事は国の官吏で任命制だった。翌年1月12日、東京出張中の泉は内務省で自らが希望していた香川県知事への転任を告げられ、そのまま沖縄に戻ることなく香川県に赴任した。沖縄戦の直前にこのような形で転任したことや、沖縄県知事在職中の行動などに対し、沖縄では当時から泉への批判の声が多かった。
 それに対し、野里氏は泉を擁護し、評価する見解を本書で示している。野里氏は泉が本土転出の工作を行っていたことを認めつつも、沖縄現地軍との対立があったことも転任の要因としてあげ、「慰安所」設置をめぐる泉と軍の対立を明らかにしている。第32軍司令部壕の説明板問題を考える参考となるので、引用して紹介したい。

〈昭和十九年の夏頃から沖縄に部隊が続々と配備された。中国大陸から転進して来た部隊の中には、沖縄に到着すると同時に、「敵はどこか!」と軍刀を振りかざして喚く強者もいて、住民を驚かせた。
 将校の中にも沖縄を大陸や南方と勘違いして「沖縄に軍政を敷くべきだ」と公言してみたり、県外への疎開の話が出ると「われわれがこうして不便をしのんで守ってやっているのに、なぜ県外へ避難する必要があるのか」と叫んで県外疎開にいやがらせをいったりする者がいて、そのたびに県は軍当局とかけ合わねばならなかった。
 さらに、大本営の沖縄に対する防備方針がくるくる変わるため、現地軍将校の中には中央に対する不満が鬱積してやけになり、住民に八つ当たりする者もいた。
 兵隊の増加に比例するように風紀の乱れがひどくなった。次から次に上陸する部隊に対して軍の施設だけでは間に合わず、民家を借りる部隊も増え、民間人との同居が各地で見られた。そんな中、未亡人や若い娘との間でトラブルが頻発した。
 那覇の波上神社の近くには、美妓三千人と言われる辻遊郭があったが、血気盛んな兵隊が遊郭で乱痴気騒ぎを繰り返し、女をめぐって兵隊同士殴り合い、揚げ句に発砲事件を起こすなど、事件は毎晩のように発生した。
 住民は多くの兵隊が配備されて頼もしく思っていた反面、外国の軍隊が駐屯しているのではないかと疑うほど住民を住民とも思わず、乱暴に振る舞う将兵たちに反感を強めていた。
「われわれは死ぬ気で沖縄に来たのだ」「沖縄を守るのはだれだと思っているか」
 兵隊の乱暴狼藉に住民は手を焼いた。軍の幹部も頭を痛めていた。
 軍は規律を守るよう各部隊に命令したが、事態はいっこうによくならなかった。軍としては、こうした事件が起こるのは兵隊専用の遊興施設がないためとして、県当局に「慰安所」をつくるよう申し入れてきた。
 軍のこの申し入れに対し、泉知事は拒否した。
「ここは満州や南方ではない。少なくとも皇土の一部である。皇土の中に、そのような施設をつくることはできない。県はこの件については協力できかねる」
 県が当然、考慮してくれると思っていた軍は、泉知事の強硬な態度に驚いた。上級の幹部が再度申し入れたが、知事はそれでも態度を変えなかった。
「県は軍の作戦に協力しないつもりか」
 軍の幹部の中に、知事を露骨に非難する者が出てきた。
 泉は沖縄に軍人の姿が増えだした頃から、軍が気に入らなかった。最初は軍幹部のために県庁の施設を提供しろと要求され、次は沖縄を戦場にするから県民を動員して飛行場を建設しろといわれる。さらにこんどは、兵隊のために慰安所をつくれ、と無理難題を突きつけてくる。岡山は鹿児島に慰安所をつくれ、といえるだろうか。沖縄も皇土ではないか。どんなに兵隊が増えたといっても、いやしくも皇土の中に慰安所をつくるわけにはいかないーー。
 泉知事の軍に対する抵抗、反発は知事として当然のことだった。たとえ、沖縄が決戦場になるにしても、軍がすべてに優先し、県政がそのために従属物になるなら、県民を擁護する者はいなくなる。
 しかし、非常時に軍と敵対してまで筋を通すことは勇気のいることだった。力の強いものには巻かれる、というのが一般的な官吏像だが、多くの老若男女の県民が住むその地に、慰安所をつくれといってくる軍の要求を拒否した泉は、当時としては珍しい、骨のある行政官だった、といわねばならない〉(P90〜92)。


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