18日は瀬嵩の浜からカヌー14艇に船3隻とゴムボート1隻がついて出発した。海上保安庁のゴムボートや巡視艇は海に出ておらず、オイルフェンスや新型フロートを越えても、沖縄防衛局に雇われた警戒船が注意するだけで何の規制もなし。昨日までの海保の弾圧は何だったのか、という自由さでクレーン付大型台船や浮き桟橋の近くに行き様子を見た。
クレーン付台船は海王丸という押し船が付いたのが1隻残っていて、クレーンは立てられていたが動きはなかった。ただ、小型のクレーン船1隻と潜水作業船が辺野古崎付近で作業を行っていた。浮き桟橋の所に戻ってきた潜水作業船の話では、小型のアンカーの回収作業を行ってきた、午前中ですべて終了した、とのことだった。その言葉通りにクレーン船も間もなく引き揚げてきた。
浮き桟橋にはざっと数えて29隻の海保のゴムボートが並んでいた。まだ、大規模な弾圧体制が継続されている。今日は完全休養日としたようだが、大型スパッド台船が未明に入るため夜勤体制を取っているのではないか、と警戒する声もあった。陸でも海でも抗議行動を回避して深夜や未明に機材を搬入するのが沖縄防衛局の常套手段となっている。明日は旧正月だが、うみんちゅ(海人)たちが新年を祝う日にも、海上作業を強行するのだろうか。
時々強い風が吹き、潮の流れも速くて、それに向かって漕ぐときは力がいった。浮き桟橋の近くにある海保のプレハブ事務所の下から抗議の声を上げ、航路標識を右に回って平島と長島の間を抜けた。平島で昼食をとったあと、午後はカヌーメンバーも船に乗り込んで、外洋に浮かぶ海保の巡視船「くにがみ」に抗議しにいった。
抗議を終えて戻ろうとすると、巡視船の電光掲示板に「よいお年を」というメッセージが流れた。本当にそう思うなら辺野古の海、大浦湾を破壊する海上作業を手助けするのは止めてほしいものだ。沖縄戦から70年が経とうとしているのに、基地の被害に苦しみ続けた沖縄に新たな米軍基地を造ろうとする異常さを、海保の職員たちは疑問に思わないのか。
外洋から平島に戻り、各自のカヌーに乗って長島の間を抜け大浦湾に出た。向かい風と波が強かったので、船に乗りかえて瀬嵩の浜に戻ったが、辺野古に移動する際にキャンプ・シュワブのゲート前で工事車両を止めて抗議している様子を車内から見た。カヌーの片付けをしなければならず、抗議行動には参加できなかったが、連日、けが人や逮捕者を出しながら激しくたたかっているゲート前の状況がいつも気になっている。
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=103589
ゲート前に行った方がいいか、と思うときもあるが、カヌーチームも限られたメンバーでやっているので今は海からできることをやるしかない。
今日はとぅしぬゆるー(大晦日)で明日は旧正月だ。いい正月(そーがち)むけーぶさやあいしが、ウチナンチューぬ思(うむ)いふんぴゃーらかさってぃ、にじてぃにじららん。えっしが、ふまーじ負(ま)きりねーウチナーぬ将来やヤマトゥにしーぶさかってぃさってぃ、いちまでぃん基地に苦しみらってぃ哀りしみらりんどー。どぅなーたー力じいい年(とぅし)なさんねーならんしが。22日やまぎ集会ぬあいびーぐとぅ、キャンプ・シュワブぬゲート前んかいあちまてぃきーみそーり。