ケン・ローチ監督の『天使の分け前』が桜坂劇場で上映されているので、先だって見に行った。どぢを踏んだ仲間を見捨てず「分け前」を与える場面が気持ちいい。
父方の祖父が酒屋(酒造所)に勤めていて、子どもの頃よく遊びに行った。「日本復帰」前のことで、木造の酒造所は柱が黒ずみ、薄暗い酒蔵に大きな甕(かめ)が並べられていて、もろみが発酵する匂いが立ちこめていた。門のそばの洗い場では、おばさんたちが回収されたビンをブラシで洗い、栓を閉めてラベルを貼るのも手作業でやっていた時代だ。
もろみ甕の一つを祖父が家に持ってきて、しばらく裏庭に置いてあった。ひびが入っていて、水は漏らないが泡盛は抜けてしまうので役に立たない、と話していた。何かに使うこともないまま、いつの間にかなくなっていた。
琉球・沖縄にもかつては100年を越す古酒(クース)があったが、沖縄戦によって失われた。現存する泡盛の古酒で最も古いのは約150年物という。
http://www.okinawa-awamori.or.jp/vintage/06.html
泡盛の甕は呼吸する、ということも祖父から聞いた。そのことを思い出しながら、「ブラジルおじいの酒」という小説の一節を書いた。泡盛は何に分け前を与えていたのだろうか。いつかどこかの地面から、不発弾ではなく琉球国時代の泡盛の古酒甕(クースガミ)が出てきたら素晴らしいのだが……。