11日(金)は朝8時9分頃、カヌー8艇で松田ぬ浜を出発した。辺野古崎に向かって漕いでいると、途中、K4護岸では内側に片付けていた汚濁防止膜をクレーンで吊り上げ、海に下して護岸沿いに再設置する作業が行われていた。
午前8時37分頃、辺野古崎まで来るとK8護岸にはすでにランプウェイ台船が接岸し、埋め立て土砂の陸揚げと②工区への投入が始まっていた。
沖からガット船2隻(第八そうほう丸、marumasa2号)が近づいているところで、長島の間を抜けて大浦湾に出た。K8護岸ではランプウェイ台船の入れ替えが始まりそうだったので、この場では大浦湾に入ってくるガット船に対し、プラカードを掲げて抗議した。
大浦湾にはほかに聖嘉、聖祐、清明、第八藤進が停泊していて、ランプウェイ台船に土砂の移し替え(せどり)を順次行った。
そのあと辺野古崎側に戻り、2隻目のランプウェイ台船・屋部3号がK8護岸に近づいてくるのに合わせ、長島とオイルフェンスの間を抜けて台船に向かい、抗議を行った。
台風9号と10号が連続し、20日間ほど埋め立て工事が止まっていた。時あたかも、自民党の総裁選が行われているが、辺野古新基地建設強行の動きには何の変化もない。菅が総理になれば、安倍以上に高圧的に工事を進める可能性すらある。
菅は「地方出身の苦労人」と自己演出しているが、基地問題をめぐる沖縄の苦労など意にも介さず、沖縄の地方自治を踏みにじることを繰り返してきた。安倍が馬鹿なボンボンなら、菅は陰湿な成り上がりではないか。連日の総裁選報道にうんざりして、最近はニュース番組を見る気もしない。
海保のボムボートに乗せられて松田ぬ浜まで移動しながら、各護岸の様子を見た。K8護岸では接岸した屋部3号にダンプカーが乗り込、土砂の陸揚げが始まった。1隻目の台船は前日の残りだったのか量が少なく、9時半にもならないうちに2隻目となった。
K4護岸では嵩上げ工事が続けられていて、下の台座から先に仕上げ、壁の部分の型枠づくりが進められている。
K2護岸ではゲートから入ってきたミキサー車が次々とやってきて、生コンの打設が行われていた。
松田ぬ浜で解放されたあと、不屈と平和丸に分乗して、K9護岸に向かった。こちらでも8時半前には土砂の陸揚げが始まっていたと思われ、午前11時過ぎには2隻目との入れ替えが始まった。それに合わせてカヌーチームは離岸する台船に向かい、再開された埋め立て工事に抗議した。
緊急事態宣言が解除されたとはいえ、沖縄ではまだ連日、10人を超える新型コロナウイルスの感染者が出ている。海上での抗議行動は感染防止に努めるとともに、熱中症にも注意しながら行われている。今日も日差しが強く、何度も頭から海水をかぶった。
ゲート前もそうだが、自分が不顕性の感染をしている可能性を考え、他人にうつさないことを心がけたい。この日は午後12時半頃に行動を終え、カヌーや船を片付けたあと、お昼は差し入れの弁当をごちそうになった。にふぇーでーびる。
午後2時37分頃、豊原の高台から辺野古側埋め立て工区の様子を見た。この時間帯にK8護岸では、すでに3隻目のランプウェイ台船の土砂陸揚げが終わっていた。
K9護岸から運ばれてきた土砂が、②工区の三か所に投じられていた。アジサシが営巣できないように緑のネットが張られていたトゥンリという岩の周りも、ほとんど土砂で埋められている。かつてそのそばを何度もカヌーで往復したが、見る影もない。
見るたびにつらい光景だが、この現実を直視しないといけない。
K2・K4護岸では、午後も嵩上げ工事が続けられていた。K4護岸では壁部分の型枠を大型クレーンで吊り下げ、設置しようとしていた。
瀬嵩の海岸から大浦湾も見たが、第八そうほう丸、第八藤進、清明、marumasa2号、聖嶺が停泊し、後の2隻は土砂の積み替えを行っていた。台風による遅れを取り戻すように、朝だけでなく午後もガット船の出入りが行われている。