12月30日付「琉球新報」朝刊の「論壇」に、『首里城火災を招いた「官製貧困」/管理運営の改善施策を』と見出しのついた糸数慶子元参議院議員の投稿が載っている。
〈今、首里城再建の議論が前のめりになり、火災に至った背景の管理・運営に関する警備やイベントなどの現場労働者の薄給で過酷な勤務実態、出火原因究明や、責任の所在については曖昧になっていると感じます。今回の火災は「自然災害」ではありません〉
〈ここ数十年、国の財政難のあおりを受けて、警備、清掃、イベントなどの管理費が大幅に削減されたことに端を発したとも言われ、県市町村や民間までもが国に倣って、外部委託、非正規職員による対応が増加しました。そして、経費節減が目的化し、労働者の生活を顧みない「官製貧困」とも言われています〉
〈その結果、管理費は低減するものの、総括機能不全、専門家不在など、現場では多くの不具合が生じて、数年前から大きな事故が心配されていました。本来、県民文化遺産の保護・継承が目的なのに、事故想定がおろそかになり、管理側は現場の状況が把握できず、当事者意識も低くなっていたのではないでしょうか〉
投稿から部分的に抜き出したが、首里城火災の背景にある「官製貧困」の問題を取り上げ、重要かつ適切な指摘がなされていると思う。本来メディアが行うべきは、このような視点からの調査報道ではないのか。
首里城の火災が起こって以後、県内メディアが行ってきた報道には、疑問と失望を覚えてきた。原因究明は後回しにして、再建議論や情緒的反応を煽り立てる。国や沖縄県、美ら島財団の責任を追及することもない。私からすれば、美ら島財団の理事長が責任を取って辞任しないことが不思議だ。
国と沖縄県、メディアの共同歩調で再建論議に「前のめり」になるなかで、辺野古新基地建設問題は後景化していく。首里城を沖縄の象徴と宣伝するが、私が生まれ育った沖縄島北部や奄美、宮古、八重山、与那国は中山(浦添・首里)に滅ぼされた地域であり、首里城に抱く感情も単純ではない。琉球王朝の繁栄の陰に何があったか、を見ない歴史認識は危険ですらある。
日本政府・安倍政権は、来年の県議会議員選挙で与野党逆転を狙い準備を進めている。辺野古新基地建設で埋め立て土砂を県内で調達しようとしているのも、県内経済界を金でからめとるうえで効力を発揮するだろう。沖縄県が反対するから普天間基地の返還が遅れる、と宣伝する一方で、首里城再建を国主導で進めていく。選挙を優位に進めるための動きは、県議選から名護市長選、県知事選へと続いていく。
首里城の地下にある第32軍司令部壕の説明板から「慰安婦」や「住民虐殺」の記述を削除したのは仲井真県政であった。沖縄県は司令部壕を埋める計画すら持っていたのだ。首里城を観光・イベントの場として活用する一方で、沖縄戦の記憶は地下に封じ込めようとしてきた。県内メディアは首里城の再建を口にする前に、説明板の記述復活を提起したらどうなのだ。
話が広がったが、首里城の火災後のメディアの報道に疑問を抱き続けた者として、今日の糸数慶子元参議院議員の「論壇」は共感を覚えた。多くの人に読んでほしい。