以下の文章は、1月26日付琉球新報に掲載されたものです。
ロシアによるウクライナへの軍事侵略は、日本においても市民に危機感や不安をもたらした。それを利用し「台湾有事」を煽りながら、日本の軍事強化が一気に進められている。テレビや新聞、雑誌、インターネットでは、強化を後押しするように軍事専門家と称する人たちが、ウクライナ情勢と台湾をめぐる状況を結び付けて、中国の軍事侵攻の危険を語っている。
しかし、そのような軍事専門家の肩書や経歴を見ると、元自衛隊幹部や防衛省と関係の深い研究者、大学教員であることが多い。彼らは防衛省・自衛隊と利害を共通する立場にあり、防衛予算の増大は彼らの利益にもなる。研究に必要な情報・資料を入手するうえでも、防衛省・自衛隊と良好な関係を作っておく必要がある。そういう人たちが、果たして防衛省・自衛隊に不利益になることをメディアで語るだろうか。
一方で「台湾有事」について、その困難さ、可能性の低さを語る軍事評論家をメディアで目にすることは少ない。例えば、小川和久氏は名の知られた軍事評論家だと思うが、著書『メディアが報じない戦争のリアル』(SB新書)で、「台湾有事」を語る論者たちの軍事的合理性、科学的視点の欠落を批判している。
台湾は小さな島ではない。地図を見ても面積では日本の九州に近い大きな島だ。小川氏によると、台湾を軍事的に制圧しようとすれば、100万人規模の兵員を動員する必要があるという。それだけの兵員と物資を海上輸送し、陸揚げする能力を今の中国軍は持っていない。
加えて、台湾の海岸は岩礁地帯が多く、上陸に適した場所は十数パーセントしかない。当然、台湾軍はそこで防御を固めており、上陸侵攻は困難を極める。
ロシアは陸続きのウクライナに軍事侵攻したが、苦戦を強いられている。海上を移動して上陸作戦を展開するのは、陸上よりはるかに難しい。メディアはよく中国海軍の空母「遼寧」の動きを報じるが、台湾への軍事侵攻において重要なのは、海上輸送能力と揚陸能力なのである。
兵站の確保においても海上輸送は困難さを増す。アジア・太平洋戦争において日本軍は、米軍の潜水艦に輸送船を撃沈され、補給線を絶たれた。結果、島々に配置された兵隊たちの多くが飢えと病で死んでいった。陸続きと海峡を隔てる条件の違いを無視して、ロシアがウクライナを攻めたから中国も……、と考えるのは短絡的すぎる。
ロシアの軍事侵略が教えるのは、武力で他国を支配し、傀儡政権を打ち立てることの難しさだ。ロシアはエネルギーと食料の自給率が高いので、経済制裁を受けても戦争を続けることはできている。しかし、国際的な信用を失い、経済的に孤立を深めれば発展はあり得ず、国力は低下する。戦争の長期化によって兵士の犠牲が増え、国民の不満が高まって国内危機が生じるのは必至だ。
中国からすれば、ロシアの現状を教訓とするなら、一帯一路構想のもとに台湾を取り込んで中国への依存度を高め、長期的に一体化を進める方が賢明な策だ。TSMCのような半導体産業に軍事攻撃で打撃を与えるのは、中国経済にとってもマイナスでしかない。
中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏は著書『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』(PHP新書)で、中国は共産党一党支配体制の維持を最優先しており、それを崩壊させる危険を冒してまで台湾に武力侵攻する可能性を否定している。ただ、その時に大前提となるのは、台湾が独立を宣言しないことだとする。
現在の台湾の状況を見れば、独立への動きが急速に進むとは思えない。注意すべきは、米国が台湾独立の動きを支援することで、意図的に中国と台湾の間に危機を作り出すことだろう。
「台湾有事」を必要としているのは、戦争を引き起こすことで自らの存在価値を高める軍部であり、兵器を売りさばくことで利益を得る軍需産業なのだ。その手助けをすることで利益を得る政治家、評論家、研究者がいる。
冷静に現状を分析し、「台湾有事」の可能性が低い、と論じるよりも、「台湾有事」が近いかのように不安を煽り、好戦的な論を展開した方が読者・視聴者を増やすことができる。ロシアや中国への不安、不信、反発を利用し、論理よりも情緒で市民を軍事強化に誘導した方が利益を得られる。
そのような計算のもとに世論の誘導を図っている者たちがいないか、私たちは注意する必要がある。「台湾有事」という言葉に踊らされてはいけない。ミサイル攻撃を想定した「避難訓練」など愚の骨頂だ。不安や恐怖は冷静な判断力を奪う。莫大な予算で米国製の軍事兵器を買わせようとする者たちは、それを狙っている。
少子高齢化が進み、貧困に苦しむ若者が増え、日本はもう終わった、という声が聞こえる。物価が急激に上がり、生活への不安が高まっている。新型コロナウイルスの影響を受けた産業の立て直しもこれからという時に、軍事強化のために莫大な予算を組むのは誤っている。危機は国内政治にこそある。