以下の文章は2022年7月22日付琉球新報に掲載されたものである。
安倍晋三元首相の銃撃・殺害事件をめぐる報道が続いている。逮捕された山上徹也容疑者の犯行動機も報じられており、本人の供述や手紙、親族の証言などから、旧統一教会に対して、家族や自分の人生を台無しにされたことへの恨みがあったことが明らかになっている。
私が学生時代を過ごした1980年代前半、統一教会(世界基督教統一神霊協会)は活発に活動していた。全国の大学では原理研究会という団体が、サークル活動を装って信者の勧誘を行い、問題となっていた。琉球大学にも熱心な学生信者が1人いたのを憶えている。
国際通りでは、若い信者たちがアンケート調査を口実に通行人に声をかけ、通り沿いのビルの3・4階にある部屋に誘い、勧誘活動を行っていた。悩みを抱えている人や孤独に苦しむ人の中には、親切に話を聞いてくれると勘違いし、統一教会のセミナーに通って入信した人もいただろう。
当時、韓国は軍事独裁体制下にあった。統一教会の文鮮明教祖は反共産主義を掲げ、日本の右翼勢力と手を結んで国際勝共連合を立ち上げていた。同組織はスパイ防止法制定運動を推進し、沖縄でも反戦・平和運動を取り組んでいる団体を攻撃していた。
韓国で行われる大規模な合同結婚式や霊感商法は、その頃から社会問題となっていた。入信した子どもを取り返す家族の運動も起こっていた。1990年代になって芸能人やスポーツ選手が合同結婚式に参加し、霊感商法で高額の壺や印鑑などを買わされる被害者が続出したことで、大手メディアも取り上げるようになる。
しかし、ソ連が崩壊して反共産主義運動は下火となり、韓国では民主化が進んだ。1995年には地下鉄サリン事件が起こり、人々の関心はオウム真理教に集まった。ジャーナリスト・政治家の有田芳生氏は「空白の30年」と表現しているが、大手メディアが取り上げなくなることで40代以下の世代では、統一教会について聞いたことがない、という人が多数となった。
私にしても、今回の事件が起こって久し振りに統一教会の名を目にし、被害が今も続いているだけでなく、信者を親に持つ子どもたちが深刻な状況に置かれていることを、あらためて認識させられた。
統一教会と自民党のつながりについては、これまでも指摘されてきた。統一教会の信者が自民党国会議員の私設秘書になったり、選挙運動を組織的に支援していることへの批判が一部では行われてきた。
宗教団体が政治家を組織的に支援するのは、たんなるボランティアではあるまい。自らの教義や主張を広めるという見返りを求め、組織や影響力を拡大するという目的があるだろう。当選した政治家は支援に感謝し、それに応えようとする。
だが、霊感商法の被害者や、家族が信者になって高額の寄付をし、生活が破壊された人から見れば、そのような宗教団体と政治家の関係はどのように見えるのか。
宗教団体が関連する大規模な集会にメッセージを送り、華やかな舞台上の大画面で発言する政治家の姿。大学進学をあきらめ、非正規雇用で働き、ワンルームの部屋でその動画を眺めるとき、どのような心情になるか。
傍から見れば、よくできた物語と口にできるかもしれない。しかし、当事者にそんな余裕はない。追い詰められていく人に誰が手を差し伸べてくれるのか。人に助けを求められるのも、まだ心に余裕があるうちだ。山上容疑者の行為を否定するのは簡単だが、ではどうすれば彼が別の方法を選ぶことができたのか。
「空白の30年」は「失われた30年」でもあり、新自由主義のもとで非正規雇用や貧富の差が拡大し、結婚の望みを持てない若者が大量に生み出された30年でもある。
いくら選挙に行こうと呼びかけたところで、自分の生活が変わるという希望を持てず、あきらめと無力感に陥っている人は、投票所に行こうという気持ちになれないだろう。山上容疑者が銃弾を発射する前から、民主主義はとっくに腐食していたのではないのか。
こういう社会を立て直そうと思うのなら、安倍晋三元首相の死を悼むだけでなく、その功罪をきちんと問うべきだ。「空白の30年」「失われた30年」で日本社会がどのように変質し、問題はどこにあったのかを洗い出すべきだ。政治と宗教の癒着や新自由主義による貧困、格差の拡大などを改めていかないかぎり、問題はさらに深刻になっていく。
沖縄の基地問題にしてもそうだ。市民が選挙や県民投票、デモや集会など民主的な手法で訴えても、国が力で押し潰し、地方自治をないがしろにして辺野古新基地建設を強行する。民主主義を踏みにじって力で物事を進めてきたのが「安倍政治」であり、それこそが克服されなければならない。
国会の場で質問する野党議員にヤジを飛ばし、鼻で笑って嘘をついていた安倍元首相の姿を私は忘れない。森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会の問題など、政治を私物化してきた実態を見れば、その死がどれだけ悲惨であっても国葬には値しない。