3月22日に防衛省は、辺野古新基地建設に向けた公有水面の埋め立て承認申請を沖縄県に行った。
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-22_46895
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-204318-storytopic-53.html
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5287565.html
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申請書の提出は名護市にある県北部土木事務所で行われ、当初は2階の維持管理班に提出されることとなっていた。市民やマスコミ関係者は2階の同班執務室前に集まり、沖縄防衛局の職員が来るのを待っていた。少数でもやれることはやろうと思って土木事務所に行き、1階のロビーや2階の廊下で様子を見ていた。
3時40分頃、動きがあわただしくなった。あきれたことに沖縄防衛局は、急きょ提出先を3階の庶務班に変え、申請書や資料の入った段ボール箱を運んでカウンターに置くと、わずか1〜2分で逃げるように去っていった。マスコミ関係者もその動きをつかめず、各階を走り回る状況で、いつもながらの姑息なやり方に憤りの声があがった。
3階の庶務室にはマスコミ関係者が詰めかけ、庶務班の職員が説明に追われていた。県の職員にしても沖縄防衛局のやり方は、失礼かつ迷惑で腹立たしいものだったはずだ。事前の連絡がなかったために担当の職員はおらず、沖縄防衛局は授受の印を受けることさえしていない。段ボール箱は所長室に持ち込まれて保管されている状態だった。
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4時半過ぎにヘリ基地反対協議会の安次富浩代表委員や沖縄平和市民連絡会の城間勝事務局長、仲村善幸名護市議らがかけつけ、庶務班の職員から経緯を聞くと、マスコミの取材に答えて、沖縄防衛局への抗議と批判を行っていた。
庶務課の職員によれば、午後3時40分に沖縄防衛局員6人がやってきて、「沖縄防衛局から来ました。申請書を持ってきました」と言うと段ボール箱5箱をカウンターに置いた。事前に連絡はなく、どこから入ってきたかも分からない。担当者がいなかったので授受の印を押せず、防衛局員は1〜2分で立ち去ったとのこと。その数分後に県の海岸防災課から電話があり、沖縄防衛局が今から申請書を提出する、との連絡があったという。
県の主管部の指示で授受印は事後的に押したという。担当者が戻るまで段ボール箱は所長室で保管し、戻りしだい中身を確認するとのことだった。その後、マスコミには段ボール箱の埋立申請承認願書の表紙のみ撮影が許可されている。
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午後5時半から稲嶺進名護市長の会見があるとのことだったので、名護市役所に寄って取材陣とのやりとりを聞いた。
稲嶺市長は、沖縄防衛局の提出のやり方について、そこまでやるのか、自信がないのか、姑息なやり方で大きなことをやろうというのは間違い、と批判した。また、辺野古の海にも陸にも新しい基地は造らせない、という主張を貫くこと。県内全市町村の首長、議会が県内移設に反対しているのは、選挙で選ばれた県民代表の意思表示であり、民主主義に基づくオール沖縄の意思表示であることを強調した。
政府の強引なやり方、構造的差別、いじめ、強権的なやり方を我々としては許すことができません、とも語っていた。今回、政府・防衛省が提出を急いだ理由として、来年の名護市長選挙前に埋め立てについて決着をつけたい、という思惑もメディアでは指摘されている。選挙のたびに名護市民は踏み絵を踏まされてきたのだが、政府・防衛省は次の選挙には自信がないらしい。そこで居直ったのか、名護市民、沖縄県民がどのような意思を示そうと、それを無視して強引に辺野古新基地建設を進める、という強権的な姿勢を隠そうとしない。
それにしても、開会中の県議会や名護市議会は、政府・防衛省にずいぶんとバカにされたものだ。この時期の埋立申請提出は、抗議決議をあげたければあげろ、と言わんばかりのやり方だ。1月の東京行動から2ヶ月も経たないうちに「県内移設」強行に向けた埋立申請を行う。沖縄県民はそれほど政府・防衛省になめられているのであり、県民の反対運動は大したことない、と見くびられれば、工事は強行される。
4・28の記念式典は、日本の国家主権の回復のために沖縄の犠牲はやむを得なかった、という認識を広げるものであり、これからも国家主権維持のために沖縄に犠牲を強いるのはやむを得ない、という意識を作り出そうとするものだ。「辺野古は難しい、不可能だ」という傍観者的な評論は止めるべきだ。ウチナンチュー一人ひとりが主体的に行動しない限り、工事強行に向けて歯車は回り続ける。