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Channel: 海鳴りの島から
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季刊 目取真俊37回「非現実的な避難計画/戦争回避の努力こそ重要/疑問だらけの地下シェルター」

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 以下の文章は4月23日付琉球新報朝刊に掲載されたものです。

 2000年5月に朝鮮を訪ねる機会があった。その際、ピョンヤン市の地下鉄を見学した。地下100メートルともいわれる深さに駅が造られ、案内している政府関係者らしい男性は、戦争が起これば市民が避難するシェルターとして使用される、と説明していた。朝鮮戦争は休戦しているだけで、沖縄・日本とは違う状況下で暮らしているピョンヤン市民の緊張を垣間見た。

 住民避難用のシェルターの話は、2009年9月に訪ねた中国のチチハル市でも聞いた。

 現地ガイドが話したのは自身の体験で、1970年前後、中国とソ連の対立が激化していた頃の話だった。ソ連の核攻撃に備え、チチハル市の子どもたちは田舎に疎開して学校生活を送り、父親は地下シェルターの建設に動員されていたという。父親は長期間帰ってこなかった、というからチチハル市の男性総出で大規模なシェルターが建設されていたのだろう。

 79年前のこの時期、沖縄の住民は防空壕やガマ(洞窟)に隠れて米軍の砲爆撃に耐えていた。以来、米軍基地が集中することで沖縄人が受けた事件・事故の被害は多大だが、少なくとも、再び島が戦場となり、防空壕やガマに隠れる経験はしないですんでいる。

 「台湾有事」が強調され、沖縄の各島が戦場となるかのような不安が煽られるなかで、3月29日に日本政府は、台湾に近い5市町村に「特定臨時避難施設」というシェルターを整備する方針を打ち出した。石垣市、宮古島市、与那国町、竹富町、多良間村に外壁の厚さが30センチ以上ある鉄筋コンクリート構造のシェルターを公共施設の地下に造るという。

 〈避難者1人あたり2平方メートル程のスペースを確保し、備蓄倉庫や電気・通信設備なども備え2週間程度は身を寄せられる計画〉(NHK NEWS WEB)という。だが、各島の住民の何パーセントがその施設に入れるのか。入れない住民はどうするのか。入る優先順位はどうやって決めるのか。2週間以上戦争が続いたらどうするのか。次々と疑問が出てくる。

 厚さ30センチの鉄筋コンクリートの壁は爆風には耐えられても、ミサイルが直撃すればひとたまりもない。地上の公共施設が被弾して炎上したら、地下シェルターに避難している住民はどうなるのか。地上の施設が破壊され、出入り口がふさがる可能性もあるのだ。

 朝鮮やチチハルで見聞したシェルターと比べると、5市町村で造られようとしているのは、公共施設の地下をシェルターに利用すればいい、という程度の発想で、実に安易で非現実的としか思えない。中国のミサイルの破壊力をなめているのか。いや、実際にはこの計画を立てた政府・防衛省の官僚たちは、シェルターが大して役に立たないことを承知の上で、住民のことも配慮していると見せかけたいのだろう。

 戦争の際に狙われるのは軍事施設だけではない。空港や港湾、電力、水道、通信、物流などの施設も攻撃され、破壊される。あらかじめ住民が島外に安全に避難できる保証もない。空港や港湾をミサイルで破壊されてしまえば、住民は島に閉じ込められ、物資や燃料の補給もできなくなる。

 ウクライナで行われている戦争では、無人兵器が大きな役割を果たしている。自爆型ドローンが多用され、ウクライナ海軍の無人艇(水上ドローン)がロシアの強襲揚陸艦を撃沈している。ドローンの開発・生産・運用で中国は世界のトップクラスだ。各島に兵員や物資を運ぼうとする自衛隊・海上保安庁・民間の輸送機や船舶は、中国軍のミサイルだけでなく無人兵器の攻撃も受けるだろう。

 兵站線を絶たれ、補給ができなくなれば、島々の自衛隊員、住民は飢えと病気で苦しみ、自滅していく。アジア・太平洋戦争の失敗をくり返すことになり、余りにも愚かだ。

 79年前のチチハルでは、日本の植民地支配の片棒を担ぎ、満蒙開拓団に参加した沖縄人たちが、ソ連軍に追われて逃げまどっていた。開拓団の人たちがチチハル駅までたどり着いたとき、関東軍や満州政府職員の姿はすでになかった。彼らはソ連軍侵攻の情報をいち早く得て、開拓団の人々を置き去りにして逃げていたのだ。

 もし再び沖縄が戦場になれば、同じことが起きると私は考えている。いち早く情報を得られる者たち、優先的に飛行機や船に乗れるものたちは誰か、容易に分かるはずだ。政府に近い公務員、自衛隊や防衛局員らは、自分の家族を真っ先に避難させるだろう。しかし、多くの住民は家族とともに島内で戦争に巻き込まれることになる。

 政府がいう「住民保護」をうかつに信じればどうなるか、沖縄戦が証明している。日本人の大多数の本音はいまでも、自分たちの安全のために沖縄の犠牲は仕方がない、だ。沖縄への米軍基地集中を支えるその本音は、「南西領土防衛」のために自衛隊を集中させることにも貫かれる。

 その現実を踏まえたうえで、沖縄の各島に住む者は、戦争を回避する努力を続けるしかない。軍隊は住民を守らない、という教訓はいまも生きている。

 


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