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Channel: 海鳴りの島から
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「季刊 目取真俊」34回/「台湾有事」の住民避難

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 以下の文章は、2023年7月21日付琉球新報に「季刊 目取真俊」34回として掲載されたものです。 

 

 『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(新潮新書)という本がある。同書には第一部として、中国が台湾に軍事侵攻し、さらに与那国島や尖閣諸島にも上陸するという事態のシミュレーションが収録されている。それに基づき第二部では、「台湾有事の備えに、必要なものは何か」と題して、陸・海・空自衛隊の元最高幹部による座談会が行われている。

 座談会のなかで元陸将・陸上幕僚長の岩田清文氏は、「台湾有事」の際の住民避難について次のように語っている。

 〈台湾の在留邦人が2万5000名。プラス旅行者がいますが、台湾からの邦人輸送が必要になるのは、先島島民の避難とまったく同じ時期なんですよね。おそらくそうなるし、そういう時期に、一緒にやらないと多分間に合わない〉(270ページ)。

 〈避難所の運営や、事前の部隊配備などを台湾に適用すると、非常に多くの外務省職員、陸空自衛隊の隊員を台湾に派遣して空港周辺に配置して業務させないと救出できないと思います。

 非常に大掛かりな作戦になる。繰り返しますが、同時に約十数万人の先島諸島の人たちの避難も実施しなければいけない。

 率直に言って、これは不可能でしょう。航空自衛隊の今の輸送力を完全に超えている。だからアメリカに頼らざるを得ませんが、アメリカに頼ると言っても彼らも自国の国民の退避をしなければなりませんから、結局2番目、3番目にならざるを得ないんですよね。

 冒頭申し上げた中国在留邦11万人の救出も絶対に無理です。これも繰り返しますが、私はものすごい危機意識を持っています〉(272~273ページ)。

 「台湾有事」が喧伝されるようになってから、与那国島、八重山諸島。宮古諸島の住民避難をどうするか、という議論も行われるようになった。沖縄県や石垣市、宮古島市などは住民避難について国民保護法に基づく図上訓練を行っている。1日に2万人の住民を九州に運ぶ、という試算が出されているようだが、それはあくまで図上=机上の議論でしかない。

 制海権・制空権の確保や気象条件など、島しょ地域からの住民避難は困難を極める。ウクライナのような大陸地域であれば陸路を使い、自力で隣国に避難することができるかもしれない。しかし、島しょ地域では実行不可能だ。

 岩田氏が指摘するように、避難や救出が必要なのは沖縄の離島住民だけではない。台湾や中国の在留邦人、観光客の避難、救出も同時進行し、自衛隊だけでなく民間の航空機、船舶も三か所に分散されるだろう。こういう〈非常に大掛かりな作戦〉が実行〈不可能〉であることを自衛隊最高幹部が認めているのである。

 また、同書の座談会で武居智久元海将・海上幕僚長は次のように語っている。

 〈日本本土の日本海沿岸部と九州一円、南西諸島の全部が、中国の短距離弾道ミサイルの射程850㎞に入っている。これは約1000発あります。射程1500㎞から2000㎞の準中距離弾道ミサイルは約600発で、これは日本全域が入ってしまう。合計で、1600発の弾道ミサイルが我が国を攻撃できることになる〉(203ページ)。

 1600発のミサイルは米軍基地や自衛隊基地だけを標的にしているのではない。民間の空港や港湾、発電所や通信施設、燃料備蓄基地、交通、物流の拠点など、戦争に不可欠な施設も攻撃対象となる。

 空港や港湾を破壊されてしまえば、住民避難どころか物資の補給も難しくなる。島に残された住民は、食料や医薬品の不足に苦しめられ、感染症が拡大しても対処のしようがない。病人や戦傷者の治療も難しくなる。

 各島にシェルターを造る話が出ているが、どれだけの住民を収容できるのか。備蓄した食料や生活物資は何日間持つのか。それが尽きたらどうなるのか。

 発電所が破壊されれば、冷暖房や換気扇、照明、水道、水洗トイレ,パソコンも使えなくなる。そういう生活に私たちは耐えられるのか。電気への依存が進んだ分、私たちの生活は戦争に脆弱になった面があるのだ。

 もし夏場に戦争状態となれば、冷房や換気ができないシェルターのなかで、何百人もの住民がひしめき合い、爆撃の恐怖に耐えることになる。

 それが何十日も続いたらどうなるか。風呂にも入れず、トイレにも簡単に行けない。赤ん坊や子どもたち、高齢者、病気や障がいを持つ人たちは耐えられるのか。暑さや悪臭、濁った空気、泣き声やうめき声、ストレスが募り、人々は肉体的にも精神的にも追い詰められていく。

 自衛隊は戦闘に集中するため住民保護どころでない。自然災害のように他の地域からボランティアが助けにくることもない。孤立した島で水・食料・情報が枯渇すれば、パニックに陥った住民の間で略奪や暴力が発生する危険性もある。

 沖縄戦のことを学ぶのは大事だが、78年前に起こったことがそのまま再現されるのではない。現代社会の生活に慣れた私たちが、今の沖縄で戦場を体験するとはどういうことか。そのことを具体的に想像する必要がある。 

 


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