20日(木)は午後2時13分頃、本部港塩川区に行った。ランプウェイ台船・第五明豊丸が着岸し、土砂の積み込みが始まるところだった。
港内に並んでいるダンプカーの荷台には、一目で赤土が主だと分かる土砂が載っている。採掘場所にもよるのだろうが、混じっている石も小さく、一段と質が悪くなっている。
現場責任者らしい作業員が、「積込状況」の写真を撮っていた。積み込んでいるのは「黒石岩ズリ」と、説明板に書かれている。これまでもさんざん問題にされてきたが、第五明豊丸に積み込まれている資材のどこが「黒石」で「岩ズリ」だというのだ?
沖縄防衛局員や自民党・公明党の政治家には黒く見えるのだろうか。辺野古の埋め立てに使用されている土砂は税金で購入されている。国と業者が結託して詐欺行為をやっているのと同じだ。
沖縄防衛局や業者がいう「黒石」とは、地質学的にどのような定義に基づいているのか。実際にはどのような石や土を販売、購入しても許されるのか。国の仕事とはそんないい加減なものなのか。
国会でも追及されてきたことだが、何も改まらないまま工事が続けられている。野党の政治家はあきらめずに追及し続けてほしい。
本部町島ぐるみ会議の皆さんが、今日も少人数で赤土土砂を運ぶダンプカーに抗議し、積み込み台数を記録していた。辺野古でも安和でも塩川でも、炎天下で長時間の抗議・記録行動が有志によって続けられている。
新型コロナウイルスの感染対策のため、密になる行動は回避しないといけないが、屋外で距離を取り、発声を控えめにしてできる抗議の仕方があるはずだ。1人1人がそれを主体的に考え、実践することが大切だ。
第五明豊丸は午後4時5分頃に積み込みを終え、離岸の準備に入ったので塩川を後にした。
塩川に行く前と後に安和の琉球セメント新桟橋の様子を見た。先端部にセメント運搬船が接岸していたが、土砂を積み込むガット船は沖に停泊していて、新桟橋には接岸していなかった。フィリピン付近の雲の塊が、今後台風に発達して沖縄に接近するかどうか。まだ確定的な予報は出ていないが、その動きを見ながら積み込みの調整をしているのだろうか。
琉球セメント新桟橋の出入り口でも、暑い中、抗議行動が続けられていた。ガット船への積み込みはなくても、土砂を構内の仮置き場に運び込む作業は続けられている。
新型コロナウイルスの集団感染が発生した米空母・セオドア・ルーズベルトから、感染した米兵を沖縄に運ぶ計画があったとの記事が報じられている。ふざけた話だが、米軍が沖縄をどう見ているかが分かる。
その記事を見ながら、浦添軍港がもしできていたらどうだったか、と考えた。中国の海洋覇権拡大に対抗するためには、辺野古新基地よりむしろ浦添軍港の方が、米軍や自衛隊にとって価値があるかもしれない。
戦争や軍事基地について考えるとき、殺される側の立場に立つことが何よりも大事だ。沖縄から出撃した米軍によって朝鮮やベトナム、イラク、アフガニスタンなどで、どれだけの民衆が殺されてきたか。そのことを考えれば、浦添軍港建設に反対するのは当たり前のことだ。
辺野古は新基地で浦添は「移設」だから意味が違う、というのは詭弁にすぎない。都市地区にある浦添の海岸、サンゴ礁は破壊してもいいというのか。日本復帰後、沖縄島の海岸線が破壊され続け、残されたわずかな自然海岸を守らなくて、何が環境保護、観光立県か。
玉城知事や城間那覇市長に対する政治的配慮を優先し、浦添軍港反対の声を上げられないなら、辺野古新基地建設も遅かれ早かれ自壊するだろう。敗戦後の混乱を利用して、米軍が沖縄に基地を建設し、75年たっても維持していることは国際法に反することであり、沖縄人は堂々と全基地の撤去、返還を求めればいい。
米軍基地が新型コロナウイルス感染拡大の面でも脅威となっている現在、浦添地区に新たな軍港を造るなど愚の骨頂である。浦添市民は本当にそれでいいのか。沈黙は容認と解釈され、抗議の意思を行動で示さなければ、日米両政府はいいように浦添市の軍事拠点化に突き進む。それを許してはいけない。