以下に紹介する文章は『神奈川大学評論』97号(2021年3月発行)に「刑特法に見る米軍の特権」と題して執筆し、掲載されたものである。広く知っていただきたい問題なので、本ブログにあらためて掲載し、ご一読願いたい。
2016年4月1日午前9時20分頃、辺野古の海でカヌーに乗り、海上監視活動を行っていた際に、キャンプ・シュワブの軍警備員に拘束され、約8時間後に中城海上保安部に緊急逮捕された。
2015年10月13日に当時の翁長雄志知事が、辺野古埋め立て承認の取り消しを発表し、以来、新基地建設に向けて辺野古の海・大浦湾で進められていた海底ボーリング調査が止まっていた。海上行動も阻止・抗議から監視を目的にするものへ変わり、臨時制限水域を示すフロートを越えても、海保は拘束せずに静観していた。
カヌーによる行動も、海保による拘束がなくなった分、緊張感は和らいでいた。監視と同時に経験の浅いメンバーの練習も行っていて、その1人が辺野古崎の浅瀬で軍警備員ともめていたところ、それを助けに行った私が3人がかりで陸上に引きずり上げられ、拘束されてしまった。
沖縄人女性の通訳に、弁護士への連絡を求めたが、そういうのは名護署に移ってからになります、と返答され、憲兵隊の事務所で、腰に拳銃を提げた米兵と向かい合う形で待機させられた。
辺野古新基地建設に向けた調査が中断していたこともあり、拘束されたときに現場近くの海に海保はいなかった。彼らも想定外の事態に慌てたのだろう。対応が遅れ、キャンプ・シュワブの駐車場で海保が私に緊急逮捕を告げ、身柄を引き受けたのは午後5時20分頃だった。
中城海上保安部の留置場で一晩過ごしたが、大勢の仲間が激励や海保への抗議に来てくれた。翌日の夜に解放された際にも拍手で迎えてくれ、実に有り難いことだった。
その後、海保の緊急逮捕に対し、損害賠償を求めて国を訴えた。日本国憲法は33条で【逮捕の要件】として以下のように定めている。
〈何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない〉。
警察権力による逮捕の濫用を防ぎ、市民の権利を守るために、現行犯でなければ裁判所が発する令状をもって逮捕するよう定められている。ところが、現行犯逮捕と令状による通常逮捕のほかに、今回私が適用された緊急逮捕というのがある。刑事訴訟法210条では次のように定められている。
〈検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続きをしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない〉。
憲法に定められている通り、逮捕は現行犯でなければ令状によることが原則である。緊急逮捕(無令状逮捕)ができるのは〈死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮〉という重罪に限られている。
私が疑われていたのは米軍基地内への侵入である。刑事訴訟法210条で定める重罪に当たらないのは明白だ。本来なら緊急逮捕はあり得ない。
刑事特別法という法律がある。正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法」という。ここでは刑特法と略すが、その第2条は【施設又は区域を侵す罪】として以下のように定めている。
〈正当な理由がないのに、合衆国軍隊が使用する施設又は区域(協定第二条第一項の施設又は区域をいう。以下同じ。)であって入ることを禁じた場所に入り、または要求を受けてその場所から退去しない者は、一年以下の懲役又は二千円以下の罰金もしくは科料に処する。…以下略〉。
刑特法第2条の規定でも、単なる基地への侵入は、〈一年以下の懲役又は二千円以下の罰金もしくは科料〉にすぎず、緊急逮捕できないはずである。微罪で緊急逮捕することは、令状主義の原則を崩し、司法警察による逮捕権の濫用につながるので、重罪に限定するという縛りがかけられている。
にもかかわらず、なぜ私は緊急逮捕されたのか。そこには刑特法が日本の刑法、刑訴法から逸脱する特権を米国(軍)に与えている問題がある。刑特法12条2項においては次のように定められている。
〈検察官又は司法警察員は、引き渡されるべき者が日本の法令による罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があって、急速を要し、あらかじめ裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げてその者の引渡を受け、又は受けさせなければならない。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続きをしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちにその者を釈放し、又は釈放させなければならない〉
この条文には、緊急逮捕がなされる場合の罪種の限定がない。日本の刑訴法が定める〈死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮〉という重罪ではなく、軽微な罪でも緊急逮捕ができるようになっている。日本国内でありながら米軍基地に関しては、幅広く緊急逮捕ができるという二重基準が適用されているのだ。
裁判では、私の逮捕に対する不当性とともに、この刑特法12条2項が憲法31条【法定の手続きの保障】並びに33条【逮捕の要件】に違反することについても争った。併せて、このような刑特法12条2項を立法し問題を放置してきた国会の立法不作為の違法も争点とした。
判決では、一審、二審ともに私への緊急逮捕については違法性を認め、国に賠償金を支払うよう命じた。米軍関係者ではない日本人に対し、米軍は捜査権や裁判権を持っていない。身柄を拘束した場合、日本の司法警察に〈直ちに〉引き渡さなければならず、日本側も〈直ちに〉引き受けなければならない。一審判決では、この〈直ちに〉を2時間程度と判断し、8時間もかかった海保の遅れを違法とした。判決文は以下の通り。
〈本件を引き渡す旨の通知後、海上保安官が、憲兵隊員から事情聴取を行った上、原告の身柄の引き受けに不可欠な事務上の手続に要したと考えられる長くても2時間を超えて、原告の身柄の引受を遅延させたことについて、合理的理由があるとは認めることはできないから、中城海上保安部所属の海上保安官には、職務上の注意義務に違反して、本件拘束を受けた原告の身柄を直ちに引き受けなかった国賠法上の違法があると認められる〉。
その上で、中城海上保安部が身柄引き受けを〈遅延させたことに合理的理由を認めることができない以上、これに引き続いてなされた本件緊急逮捕が憲法に適合した適法なものであると解する余地はない〉〈本件緊急逮捕は、国賠法上違法であると認められる〉とした。そして、8時間の拘束中に生じた肉体的、精神的苦痛に対して国に損害賠償を命じたのである。
一方で、拘束が長引いた責任は引き受けを遅らせた海保にあるとして、米軍の対応については問題にしなかった。米軍基地内に拘束された後、弁護士や国会議員ですら連絡が取れず、基地内でどういう状態にあるか全く把握できなかった問題については未解決のままだ。本来なら、米軍基地内であっても、被疑者として身柄が拘束されている段階で弁護士を依頼し、面会できるようにすべきだ。今回の私の事例のように日本の司法警察の引き受けが遅れ、長時間米軍基地内に拘束される事態が起きているのだから、市民の権利を守る仕組みが作られるべきだ。
また、一審では刑特法12条2項が憲法違反であるという訴えについて、米軍による身柄拘束は「現行犯的身柄拘束」が〈ほとんどであるとうかがわれるところ〉とし、〈もとより現行犯逮捕については、軽微事犯においては逮捕の必要性に一定の要件が求められることはともかく、刑訴法上も対象罪種自体は限定されていないのであるから、刑特法12条2項の緊急逮捕類似の手続は、米軍により現行犯的身柄拘束を受けた者の身柄の引渡しに適用される限りにおいて、何ら憲法33条の規定の趣旨に反するものとは言えないというべきである〉とした。
緊急逮捕における対象罪種の問題を現行犯逮捕における対象罪種の問題にすり替え、強引な論理展開をしているとしか思えない。問題は、日本の刑訴法では許されていない微罪による緊急逮捕が、なぜ刑特法では許されるのか、ということにある。法を二重基準にしてまで米軍に特権を与える必要はなく、日本の刑訴法に合わせて刑特法12条2項を改正し、市民の権利保護を優先すべきだ。
この問題は控訴審や最高裁にも訴えたが、昨年12月9日に最高裁第2小法廷は、訴えを退ける決定をした。地元の琉球新報と沖縄タイムスに私は以下のコメントを寄せた。
〈刑特法の違憲性について判断を回避したのは、米国に追随し米軍の特権を認める日本という国の現状を示している。緊急逮捕の不当性を訴えて勝訴し、米軍基地内での拘束の問題を明らかにできたのは意義があった〉。
米軍基地をめぐる裁判で、市民が国に勝つことは難しい。逮捕されたことを不当として市民の側が国を訴え、勝訴した事例は多くないはずだ。弁護士の皆さんと支援してくださった皆さんのおかげである。深く感謝したい。
刑特法12条2項における緊急逮捕の問題については、これまでほとんど問題にされてこなかったと思う。それが憲法違反であるという訴えは退けられたが、日本の刑訴法に比べて米国(軍)に特権を与えている問題は浮き彫りにすることができた。その背後には、日米安保条約に基づく地位協定と日米合同委員会、米国に従属する日本の国家のあり方など、より深い問題がある。
米軍に拘束された2016年4月1日からすでに5年近くが経ち、辺野古新基地建設は大きく進んでいる。辺野古側海域は護岸で囲われ、埋め立て工事が行われている。辺野古崎周辺の形状も変り果て、護岸が建設されてもはや近づくことすらできない。ウミガメが産卵に訪れていた砂浜も破壊された。アジサシの産卵場所だったトゥンディという海中の岩は埋め立て地の中に孤立し、ジュゴンの餌場であり魚介類の棲み処だった海草藻場も消失した。
県知事選挙や国政選挙、県民投票、世論調査などで沖縄県民は、辺野古新基地建設反対の多数意思をくり返し示してきた。それを踏みにじり、工事を強行し続けてきた日本政府への怒りと同時に、工事を止めきれなかった自分たちの力の足りなさが悔しくてならない。
今年の1月25日、沖縄タイムスと共同通信が合同取材し、辺野古新基地に陸上自衛隊水陸機動団を常駐配備することが極秘に合意されていた、と報じた。記事によれば、2015年の段階で当時の岩田清文陸上幕僚長とニコルソン在日海兵隊司令官(在沖米軍四軍調整官)が合意を交わした、という。辺野古ではまだ海底ボーリング調査が行われていた頃だ。
辺野古新基地を自衛隊が共同使用することは、早くから言われていた。現在、沖縄の自衛隊は軍港を持っていない。辺野古新基地は普天間基地にはない軍港機能を持つ。完成すれば米軍だけでなく自衛隊の艦船も使用するだろう。ホワイトビーチがある米軍よりも、むしろ自衛隊の方が港湾を欲しているだろう、と私は見ていた。
キャンプ・シュワブの砂浜では水陸両用車(AAV7)の訓練が行われている。オスプレイやF35戦闘機が離着陸できる飛行場、山間部の射撃訓練場、隣接する辺野古弾薬庫、それらが近距離で運用できる辺野古新基地は、自衛隊にとっても最高の場所であることは明らかだった。沖縄タイムスと共同通信の合同取材は、それを裏付けるものだ。
仮に辺野古新基地に常駐できなくても、キャンプ・ハンセンに陸自の水陸機動団を配備する計画は、2017年10月の段階で公表されている。キャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブは近距離にある。辺野古新基地完成の目途が立たなくても、キャンプ・ハンセンに配備すれば米海兵隊との共同訓練はいくらでもできる。
現在、鹿児島県の馬毛島から奄美大島、沖縄島、宮古島、石垣島、与那国島にいたる列島線において自衛隊強化が急速に進められている。海洋覇権の拡大を目指す中国に対抗し、島嶼防衛の強化が強調され、日本版海兵隊といわれる水陸機動団も2018年3月に結成された。対空、対艦のミサイル部隊やサイバー部隊の配備も進められ、沖縄全体が中国に対抗する日米の軍事要塞と化している。
日本学術会議の会員任命拒否問題も、安倍・菅政権が進めているこのような軍事強化の動きと繋がっている。日米の軍事一体化と自衛隊強化、武器輸出の促進、産軍学の連携を深めていくために、戦争や軍事技術の研究・開発を否定する学者たちの影響力を削ぎ落とす。分かりやすいくらい露骨な構図である。それに性根を据えて抵抗できるか。学者たちの真価が問われている。